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街の中心部からフェリーでふらっと。ヘルシンキの世界遺産『スオメンリンナの要塞』

こちらの記事では、ヘルシンキの世界遺産、『スオメンリンナの要塞』を訪れた様子をお届けします。

ちょっとしたフェリーにも乗れるので、半日ぐらい時間が空いたら、ふらっと行くにはちょうどよい場所でした。

(2024年8月訪問)

目次

スオメンリンナの要塞へ

そもそも、なぜスオメンリンナの要塞へ行こうと思ったかというと、実はこの本を買ってしまったからでして・・・

これに手を出してしまったので、人生かけてできるだけ多くのヨーロッパの城へ行かなければ気が済みません!笑

もちろん、購入以前にも訪れた場所もいくつかあるので、それはすでに行ったことがあるとしてカウント←

港からフェリーで向かう

港に着いたら、まずはランチ。

やっぱりサーモンが多いです。

ランチを食べたら、いよいよスオメンリンナの要塞に向けて出発!

こちらの船でスオメンリンナの要塞がある島へ向かいます。

所要時間は30分ぐらいだったかな?

船は指定席ではないため、入船したら自分のお好みの場所へ座ります。

この日は晴れていた+日照時間が少ないフィンランド人は日光浴を好むので、 やっぱり外の席が大人気。

どんどん埋まっていきます 

海上から見るヘルシンキの街並みも可愛い

そうこうしているうちに、スオメンリンナの要塞に着きました。あっという間です。

スオメンリンナの島を歩く

島の中のあちこちは、やはり戦う仕様になっております。ここで、戦場になったとか。

こちらは、兵士たちの宿舎。

そして、兵士たちの家族が住むおうちなど、島全体が兵士を中心とした1つの街として、昔は機能していたようです。

日本の城や城下町と同じですね。

貴族や王様?っぽいおうちもありますし、ダンスホールなどの社交場もありました。

スオメンリンナの歴史をちょっと学んでみる

島内のインフォメーションでツアーに参加して、スオメンリンナの歴史を色々聞きました。

英語なのでよくわからない部分も多々ありましたが、建物や史跡の前で説明されると、なんとなくわかりますし、歴史への理解もちょっとだけ深まります。

ちなみに、スオメンリンナの要塞の意味は、フィンランドを意味する「スオミ」と城を意味する「リンナ」が合わさって、「フィンランドの城塞」ということで改名されました。

フィンランドは、ずっとロシア帝国とスウェーデンという大国に挟まれてきた歴史があります。

スオメンリンナの要塞も、その時々の支配者によって使われ方が変わってきたとのこと。

もともとは、スウェーデンが1748年に建てたもので、「スヴェアボリ(=スウェーデンの城)」って呼ばれていたようです。

しかし、1809年にロシアに占領され、その後もしばらくはロシアの支配下に。

そして、1917年にフィンランドがロシアから独立したあと、「ようやく自分たちの城になった!」という思いを込めて、翌年1918年に「スオメンリンナ(=フィンランドの城)」という名前に変えたそうです。

なかなか、かわいそうな歴史・・・

北欧の歴史は全然知らなかったので、よい勉強になりました

島の中の風景いろいろ

島の中は、そこかしこに戦場だった片鱗が残っています。

カフェやレストランもあるので、みんな楽しそうにご飯を食べていました。

私はどこかの売店でコーヒーとアイスを買って小ブレイク

海水浴場もありましたよ。え、めっちゃ寒そうなんやけど… 

あのオットセイ、可愛い 

奥の方に進むと出てきました!ドーンと大きな大砲。ここからスウェーデンもしくはロシアの戦艦を迎え撃っていたのでしょうか。

海が見える開けた場所でした

しっかし、スオメンリンナはとにかく広い!

なので、たくさん歩きましたね。足がものすごく疲れました 

ピクニックの人たち。青春で楽しそう 


5時間ぐらい滞在していたかな~。さあ、帰りますよ。

なかなか、歴史深い場所で楽しかったです!


以上、ヘルシンキの世界遺産、スオメンリンナの要塞のレポートでした。

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